「フラメンコ」って踊りではないの?世界的に有名な文化の起源、アンダルシアに想いを馳せて。マヌエル・デ・ファリア

アンダルシア州(Andalucía)は、スペイン南部に位置するスペインを構成する自治州の一つです。スペイン・アンダルシア州コルドバ県にあるアルハンブラ宮殿は、曲の題名にもなっているほど世界的にも有名です。イスラム教徒がイベリア半島のことをアンダルスと呼びました。アンダルシアという現在の地名の語源は、このアンダルスという語にあります。

スペインでも有名なフラメンコや闘牛は、ここアンダルシアが起源のものです。街並みもスペイン国内の他のどこにも見られないパティオ(中庭)や白壁の建物などが多く、スペイン国内でも独特の地です。

皆さんはフラメンコと聞くと、女性が華やかに踊る姿を思い浮かべるかもしれません。ところが、フラメンコの根幹は「カンテ(=歌)」にあるのです。日本では、フラメンコの本質はカンテ・バイレ(=踊り)・トケ(=ギター)の三者が一体となる「三位一体」と言われることが多いようです。ところが実際には、フラメンコというジャンルは歌を中心に確立し、発展してきたのです。

もともとフラメンコには「曲」という概念がなく、かわりに多種多様な「形式」が存在します。それらの形式の中には、歌われるだけで踊られないものが多くあります。マラゲーニャやグラナイーナなど、歌い手が定型的なリズムに従わずに歌う「自由(または内的)リズム」と呼ばれる形式は、基本的には踊られることはないのです。またトーナという形式は、ギターその他の楽器による伴奏を伴わない、歌だけのフラメンコです。こういったことから、フラメンコというジャンルを構成する諸形式を全てカバーしているのは、カンテだけであることが分かって頂けたのではないでしょうか。

音楽家について。現在のアンダルシアでは、グラナダ、マラガ、セビーリャ出身の作曲家たちが活躍しています。アンダルシア各地では、コンセルバトリオ(公立の音楽学校)が設置され、音楽教育に力が注がれています。ところが、かつて活躍した音楽家たちの名声には、まだ到達していないようです。

1876年から1946年まで音楽家としての生涯を全うしたマヌエル・デ・ファリアは、音の魔術師と呼ばれます。彼はアンダルシア地方カディスで生まれました。1905年には、歌劇『短い人生』で芸術アカデミーのコンクールに優勝しました。『恋の魔術師』『スペインの庭の夜』『コレヒドールのダンス』『三角獣』などを作曲し、1915年にはグラナダの地に移り住みました。1923年には『ペドロ親方の人形芝居』を完成させ、詩人のフェデリコ・ガルシア・ロルカと知り合った後は意気投合をし、ファリア自らピアノを演奏し、ロルカがグラナダの劇場で上演する同名の小劇に音楽をつけるなど共に活躍しました。

1926年50歳の誕生日には、グラナダ市は彼を讃えて「市の養子(hijo adoptive)」にしたほど彼は有名な音楽家となりました。

1970年代、アンダルシア州出身でフラメンコをベースにしたロック・バンドのトリアーナがスペインの軽音楽を一世風靡し、その音楽の影響下のロック・バンドが多く世に出てきました。それらのバンドの一派は、「アンダルシアン・ロック」と呼ばれています。

また、フラメンコの歴史を変えたとまでいわれるギタリストのパコ・デ・ルシア(Paco de Lucía)は、1947年生まれです。父や二人の兄もギターが弾け、わずか12歳で兄のペペ・デ・ルシアとのデュオで初レコーディングを経験。1964年から数年間、リカルド・モドレーゴまたは長兄ラモン・デ・アルへシラス兄とのデュオで活動。1967年には初のリーダー・アルバム『La Fabulosa Guitarra De Paco De Lucía』を発表し、彼のテクニックは日本でも知られることになりました。その後フラメンコ音楽に留まらず幅広い音楽方面で活躍。2014年に亡くなりました。

彼の生前の演奏をご紹介しますね。

また、迫力あるフラメンコにも触れてみますね。


『スペイン・ゴルドバ・フラメンコ』YouTube

次に、特徴的に使用され、後にギターに発展したビウエラという楽器をご紹介します。

今日、単にビウエラと言えばビウエラ・デ・マーノ(=手のビウエラ)のことを指します。スペイン語の「ビウエラ vihuela」は、イタリア語やポルトガル語では、「ヴィオラ viola」となるので、「ビウエラ」と「ヴィオラ」とはほぼ同じような意味の単語です。「ヴィオラ」と同様、当時「ビウエラ」が指し示す楽器の範囲はかなり広く、撥弦楽器から擦弦楽器に至るまで種々の楽器がビウエラと呼ばれていました。
今日まで残されているビウエラの数は極端に少なく、16世紀に制作されたビウエラであると信じられている楽器は、世界に3つ知られているのみです。そのうち2つはフランスの博物館にあり、残りの1つはエクアドルで発見されたものです。これらの楽器がボディの形状や弦長などにおいて、それぞれ異なる特徴を備えていることから、ビウエラという楽器を定義する構造上の特徴が何であったのかについてははっきりとしていません。

素晴らしい音楽家も世を去るように、素晴らしい楽器もまた形を変えたり消えたりしていくのですね。それでも、アンダルシアの美しいフラメンコ音楽に心を浸しながら、過ぎ行く時の中で永遠にとどまることのない美しさを感じていたいものです。

source:『アンダルシアを知るための53章』164頁、明石書店、立石博高・塩見千加子著、2012年第1版