2017年2月18日に公開の映画「愚行録」の小説の感想(※ネタバレ注意)

貫井徳郎さんの小説「愚行録」が映画化が決定しました。

貫井徳郎さんは1993年「慟哭」でデビューしたミステリー作家。

暗く重いテーマを扱う作家として知られ、これまでに山本周五郎賞や日本推理作家協会賞も受賞しています。

「愚行録」は貫井徳郎さんの代表作とも言われ、直木賞候補にもなった作品ですが、入り組んだストーリーとプロットなどで、これまで映画化は不可能だと言われてきました。

しかし、その「愚行録」が、とうとう実写映画化され、妻夫木聡さんと満島(みつしま)ひかりさんの主演で2017年に公開されることとなりました。

ではこの「愚行録」はどのような作品なのでしょうか。

そして妻夫木聡さんと満島ひかりさんはどのような役どころなのでしょうか。

さらになぜ「映画化は不可能」とよばれるようになったのでしょうか。

「愚行録」は3歳の少女を衰弱死させたとして、保護者である「田中光子」という女性が逮捕されたという新聞記事で始まります。

しかし、田中光子に関する話は一度途切れ、そこからまた別の話が始まります。

それは1年前に起きた殺人事件。新築の一戸建て住宅で一家四人が殺害されるという残虐な事件で、犯人はいまだに捕まっていません。

被害者は不動産会社に勤務する田向浩樹と妻の友季恵、そして小学校一年の長男とその妹。

幼いふたりも容赦なく殺されていることで、事件は社会的に大きな関心を集めています。

これまでの捜査によると犯人は家に侵入したあと浩樹と長男を殺害、その後二階で休んでいた友季恵と長女を殺害したあと、風呂場で包丁の血を洗い流して逃走したことはわかっていますが、その正体についてはまったくわからず、捜査は難航しています。

また被害者となった一家は付近の住民によると、夫は真面目でハンサム、一流の私立大学を卒業したあと大企業に勤めるエリートで仕事でも頼りがいがあり、妻はこちらも有名な私立大学を卒業した美しい女性、その上、ふたりの可愛い子供たちとまるで幸せを絵に書いたような一家だったため、近くに住む住民からは同情が集まって、一刻も早い犯人の逮捕が望まれています。

物語は、事件について関係者に対してルポライターがインタビューを行い、それを記録するという形式で進んでいきます。

話を聞くのは、近所に住む中年の女性、息子が同じ学校に通っていたという友季恵のママ友、友季恵の大学時代の同級生である宮村、宮村と友季恵の元恋人である尾形、浩樹の同僚や大学時代の後輩など。

近所の住民やママ友からは理想的な夫婦だと思われていた友季恵と直樹。周りからは憧れの存在でした。

ただ、同じ年の息子を持つ母親だけは、友季恵の行動に違和感を覚えたことがありました。

それは息子たちがスイミングスクールに通っていたときのこと。

友季恵は自分の子供の髪だけを拭いて、同じように髪を濡らして母親を待っていた子どものことはほったらかしにしていました。結果、その子は風邪を引いてしまいます。普通なら、隣の子の頭も拭いてあげるはずなのに、友季恵はなぜ、その子をほったらかしにしたのか?

そして様々な人たちの証言を聞くうち、少しずつ被害者夫婦の人物像は姿を変えてきます。

有名大学を出た頼りがいのあるエリートサラリーマンだったはずの夫、浩樹は学生時代にサークルの後輩をストーキングしていた男の家から勝手に郵便物を抜き取ったり、痴漢常習犯に仕立て上げたりして町から追い出していた過去がありました。

浩樹は悪人はどんな罰を受けても仕方がないと考える人間だったのです。

それだけではなく、女性に対して冷酷で、これまで何人もの女性をもてあそんだり、彼と同期入社の社員が左遷された事件にもかかわっていたという証言も浮かんできます。

さらに、妻である友季恵も、美しく優しい人間ではありませんでした。

決定的な証言をしたのは友季恵の大学時代の同級生である宮村でした。

友季恵が通っていたのは慶応大学でした。大学に入った友季恵はまず宮村に接近します。

宮村はファッションセンスもよく、イケメンの恋人尾形とも付き合っていました。

やがて友季恵は尾形を宮村から奪い取り、その上で尾形を一か月で捨ててしまったりします。

この辺りの友季恵の行動は読んでいても本当に恐ろしいものですが、よく考えてみると、このように自分のことしか考えていない女性、周りの人間は自分の踏み台としか思っていない女性は少なくないようにも思えて、さらに怖くなってきます。

しかし友季恵の行動はさらにエスカレートしていきます。

友季恵が目を付けていたのは慶応の内部生でした。同級生とはいえ、幼稚舎の頃から慶応の生徒だった内部生と、途中から受験をして入学してきた外部生との間に大きな格差がありました。

金持ちでエスカレーター式に上の学校に上がってきた内部生は、学力で入学してきた外部生を見下していて、それだけでなく内部生は遊び慣れていたり、一流企業の経営者の息子だったりすることで、周囲からあこがれています。

そこに外部生として入学した友季恵は、美人でしたが家柄が悪く、なんとかして内部生に近づき華やかな生活を送りたいと願っていました。

その願いをかなえる手段として友季恵が利用したのは友人の女性でした。彼女は友季恵よりも美人でまた勉強もできたのですが、両親が離婚し父親が家を出たため、祖父の経済的な援助を受けて慶応大学に入学しました。

彼女は幼いころ経済的に苦労したせいか、頭が良くて家柄もいいお金持ちの男性と結婚することを人生の目標だと信じていました。

そのため慶応大学に入り、内部生と親しくなろうと考えていました。

そんな彼女に目を付けた友季恵は、内部生を紹介してあげると接近します。

実際に友季恵は内部生を紹介するのですが、それは体だけの関係で終わります。

しかしその後も友季恵は彼女に内部生を次々と紹介、やがて彼女は内部生の男子からは「公衆便所」と呼ばれるようになりますが、彼女はそのことに気づきません。それどころか、まだ内部生と付き合う夢を持ち、自分と内部生との仲を友季恵取り持ってくれるに感謝すらするのです。

彼女のことを証言する人間によれば、彼女は自分が周りにどう思われているのかなどまったく考えず、次から次へと男子生徒を紹介されては捨てられ、それでも誰かひとりでも捕まえることができれば、自分は幸せな人生を歩けるのだと信じ続けていたようです。

そして一方の友季恵は、都合のいい女性を紹介したということで内部生と親しくなり、内部生の中での地位を上げていったといいます。

そのように友季恵にする重要な証言をした宮村でしたが、その証言の直後、何者かによって殺害されてしまいます。また宮村と付き合っていた尾形は、宮村とは別の証言をします。

友季恵に敵対心を持っていたのは宮村のほうで、自分が宮村と別れたのは友季恵のせいではない。友季恵と付き合ったことは宮村とはまったく関係がない。尾形は友季恵と付き合っていた時代が自分にとって一番輝いていたとも言います。

ここがこの小説の一番のポイントです。というのも、証言には自分の主観だけで語られているため、本当はどういうことがあったのかということがまったくわからなくなってしまうのです。

自分は相手のことを友達だと思っていたのに、相手にしてみれば自分はただの知り合いだった、自分が何気なくしたことが相手を怒らせ、その恨みがずっと続いていた、そういうことが次々と起こり、次第に真実とウソ、主観と思い込みが交錯していくのです。

そして証言に証言が重なるにしたがって夫婦の姿は徐々にあいまいになっていきます。唯一わかるのは、彼らは理想の夫婦などではなかったということ。

そしてここで重要な疑問が浮かび上がってきます。

今までのインタビューを行っていたルポライターは一体なぜそんなインタビューをしているのでしょう?

なぜそれほどまでに、彼は事件に執着するのでしょうか。

おそらく映画化する場合には、この点がもっとも難しい場所だったのでしょう。

そしてルポライターの本当の目的が明かされたとき、間違いなくぞっとするはずです。そしてその謎が解明されても、さらに別の謎が待っています。

物語で語られる最大の事件、一家四人惨殺事件の犯人とは何者なのでしょう?そしてなぜ、それほどまでに残虐な事件を起こしたのでしょうか。

さらに物語には、過去に親から虐待されていたと想像される女性の独白も登場します。彼女は自分に暴力を加えていた母親の様子を思い出し「お兄ちゃん」と語りかけます。

彼女はそれだけでなく、父親から性的な虐待を受けていたと「お兄ちゃん」に告白します。

彼女にとっては「お兄ちゃん」だけが自分をかばってくれる理想の存在だったといいます。

この女性の正体は一体誰なのか。また「お兄ちゃん」とは誰なのか、果たして実在するのか。謎は謎を呼び、また登場する人物それぞれの「愚行」が明らかになっていきます。

次々とこれまでの謎が明らかになる終盤は驚きの連続です。きっとすべての事件の真相や人間関係が明らかになったときには、呆然としてしまうことになるでしょう。

しかしすべての謎が解明されたとしても決してすっきりするわけではありません。それどころか人間の醜さや愚かさ、卑しさといったマイナスの部分に打ちのめされてしまうことでしょう。

また、そういった物語を興味本位で読んでいた自分自身についても愚かだと思うかもしれません。

映画版「愚行録」では妻夫木聡さんが主人公で事件を追い、証言を集めるルポライター役を、満島ひかりさんがその妹役を演じることになっています。

ふたりとも、これまで数多くの映画に出演、妻夫木聡さんは「悪人」で日本アカデミー賞を受賞、満島ひかりさんは「愛のむきだし」などで多くの映画賞を受賞するなど、演技力には定評があり、また数多くのミステリー作品への出演歴があるため、今回の「愚行録」でも素晴らしい 演技を見せてくれることになるでしょう。