バンドメンバー、仲間、友達ってなに?その定義とは。

心技体の心、『内面からドラムを磨く』をコンセプトにブログを書いております平谷です。

一口に友達とは言っても友達の定義とは一体何だろう?

そんなこと考えたことある人も居るかと思います。

交友関係や仲間といった関係もバンドをするにおいて、とても重要となります。

私も、この友達という定義には考えさせられた事もあります。

友達とはいったい何なのか?

そこで今日は、その友達について大きく三つに分けて考えてみたいと思います。

一緒にいて楽しいと思えるのが友達なのか?

一緒にいて楽しいと思えるのが友達!と言うのならば『楽しくないときは友達ではない』という認識になってしまいます。

これでは何か少し寂しい気がしますね。

私はバンドメンバーを『友達ではなく仲間』だと思っていたのですが、楽しい時間を共有することもたくさんあるので、この定義から行くとバンドメンバーも友達ということになります。

自分を成長させるのが友達?

屁理屈を言えば、自分を成長させるのが友達という定義から行くと『成長させてくれるもの全て、栄養をくれる食べ物まで友達』となります。

また精神的に成長させてくれる人と定義すれば先生や尊敬する人も友達という事になります。

しかし、そうではありませんよね。

つまり「楽しい、成長させてくれる」というのは友達であることに付随する一部であって、その本質そのものではないということです。

愛されるものは『利益になるか快いか良いものか』

友達が愛されるものと考えた時にこの愛されるものを三つに分けて考えてみましょう。

利益になるもの

利益になるものとはそのもの自体は愛されません。つまり、それに付随するものが愛されるわけです。

快いもの

快いものとはおもちゃのようなもので、そのもの自体が与えてくれる快楽のようなものです。

良いもの

最後に良いものですが良いものとはそのもの自体が愛されているということです。

幸福や健康、優れた人間性などが含まれます。

この良いものとは他の何かのために求められるものではありません。

「何のためにこれを求めるか」という理由、自体がないということです。

理想とする友達とは?

やはり理想とする友達関係というのは「利益になるもの」でも「快いもの」でもなく「良いもの」であることが望ましいと思いますよね。

簡単に言えばスポーツ選手を自分の損得に関係なく応援したりすることはあると思います。難しければ「良いものとして愛する」という事はそういうことであると理解するのがよいでしょう。

損得に関係なく助けあったり慰めあったりという『理想とする友達関係』が築けるといいですね^_^

著書ソクラテスに聞いてみた 人生を自分のものにするための5つの対話より