踊りと三味線の島より。娯楽施設の無い世界にて発達した美しいもの・・・BEGIN(ビギン)

皆さんは「沖縄」という単語を耳にされると、何を連想されますか?

本土の皆さんは、沖縄特有の何かかもしれません。沖縄出身の方々または沖縄在住の方々は、それぞれの胸の内に眠る暖かな記憶、または米国だった時代などを思い出されるのかもしれません。

ここでご紹介させて頂くのは、「踊りと三味線の島」沖縄で発達をした琉球音楽です。

琉球音楽の主要楽器が三味線の「サンシン」であることをご存じでしょうか?このサンシンは古来、さまざまな名称で呼ばれてきました。

蛇三線、琉球三味線、三弦等々。沖縄県文化財保護審議会では、平成6年に正式名称を「三線(サンシン)」と統一しました。

この「三線(サンシン)」のルーツは、14世紀ごろに中国から琉球に伝わった「三弦」が琉球型に改良され、室町時代に本土に渡って三味線になったということだそうです。

琉球王府では歌三線を役人(士族)のたしなみとして奨励したため、上流家庭では伝来の三線を家宝としました。戦時中でもまっさきに三線を避難させたほど、三線は琉球文化のシンボルにもなっていったのでした。

沖縄の三線には、有名な巨匠と呼ばれる製作者による高級な物から、カラクイ(弦を巻く部分)の作りが悪いとちょっとしたことでギュイーンと弦が巻き戻ってしまうような安直なつくりの物まで、ピンからキリまであります。購入希望の方は、くれぐれも購入前に慎重に確認してくださいね!中には詐欺まがいの業者もあり、あっさりと壊れてしまうものを高級な三線としてぼったくりの値段で売られていることもあるのでご注意を!

私が沖縄の那覇市にある国際通りの楽器店で手にした三線は、4000円もしませんでしたから、おそらくそれほど長くはもたなかったでしょう。そういった安価な楽器は、調弦したばかりなのにまた一からやり直し!なんてこともよくあります。

ここでいくつか琉球音楽に浸ってみて下さい。BEGIN(ビギンは、沖縄県石垣市出身の3人からなる日本のアコースティックバンドです。

『BEGIN/三線の花』YouTube。

あ~!この音!この海!夜空の下自然の雄大さを感じながら聞く、まるでストレス社会とは無縁かというような素敵な時間ですね~!

YouTube『三線(さんしん)を10倍楽しむ方法』で三線の魅力が更に伝わるかと思います。呼夢三線広め隊員さんとは「ITを駆使して、沖縄愛、地元地域愛、三線愛を感じながら、沖縄と全国、世界へと発信しています。沖縄の音色が日本を結ぶ、世界を結ぶ」との想いをYouTubeに託して1600本以上の動画を投稿するほど、金銭的苦労もいとわず沖縄の音色を心の底から愛している、熱い信念を持った方です。

それからまたアシビ(あしび)という沖縄方言があり、その意味は「歌、三線、踊りなどを楽しむこと」。この方言は、祭事などでのイベントや歌舞演芸など。歌アシビなどのように、○○アシビなどのような感じでよく使われます。

そしてモ―アシビ(もーあしび)という沖縄方言があり、その意味は、月夜の晩などに村の青年男女がアシビナー(遊び庭)に集まって三線をひいて、うたい踊る野外パーティーのことです。時には他村の人たちを招いて合コンのようなこともやったそうです。

戦時中は風俗改良運動で取り締まりが厳しかったようですが、地域によっては戦後しばらくまで続いたところもあったようです。

娯楽施設のない時代に、娯楽施設のない場所で唯一の男女交際の場としてモ―アシビがさかんになり、そこから愛が芽生え人類の誕生にも発展することなどもあった、何ともロマンチックな話ですね~。

また反対に、人類の「死」にまつわる哀しみも音楽に乗せて発せられることもありました。

沖縄の唄でとても有名な歌に「島唄」がありますね。この本当の意味を皆さんご存知でしょうか?


「島唄」の歌詞の本当の意味は、こちらです。

(1945年4月1日) 春が訪れ沖縄本土に米軍が上陸した
(同年、4月から6月) 米軍の侵略が続いた

(中略)

サトウキビ畑で 出会った あなた
ガマ=鍾乳穴=防空壕の中で永遠のお別れをした

島唄よ 海の向こうの本土まで 届けておくれ
亡くなった人々の魂を、沖縄の哀しみを

島唄よ 海の向こうのニライカナイまで届けておくれ
(「ニライカナイ」とは=海の向こうにある理想郷)

亡くなった人々の魂を、私の思いを

(中略)

あの人の居る ニライカナイへ
私の愛を届けておくれ

海よ 宇宙よ 神よ 命よ

今、あなたを思い、永遠の平和を祈る

(以下 省略。歌詞の本当の意味の貼り付けを終わります)

沖縄那覇市の国際通りには、民謡ライブを聞きながら食事のできる場所がいくつかあります。琉球音楽を楽しみながら食事ができるので、沖縄の雰囲気を味わえる抜群の場所になっています。

国際通りにある創作沖縄料理「二幸」での島唄ライブ動画をご紹介します。

『沖縄民謡ライブYouTube』

私も一度訪れて島唄の生演奏を聞かせてもらい、演奏者と客の音楽と心との一体感のある素晴らしい一時を過ごしました。島唄の曲の魂の持つ隠されていた本来の深い意味も、あの感激の一因だったのだろうと思います。

沖縄は戦時中唯一国土決戦の場となり、戦後無事に日本に返還されました。そのような過酷な状況の中で発達した琉球音楽は、命の大切さをも強烈なまでに教えてくれ、音楽を超えて光っていますね。